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ネットのお陰 

知らなければ、一生誤解して生きてしまう事例がある。僕たちは、この世の全ての出来事を見ることは出来ないから、新聞・テレビ・ラジオ・雑誌を信じざるを得ないけれど、そのマスコミが一知半解のナマクラ記事ばかり書いていたとしたら・・・それは恐ろしいこと。

例えば、先日報道された「青山学院高校入試問題・ひめゆり侮辱」報道。普通、僕らはその問題文を入手できるわけではないから、報道された所だけ見て「青学とも有ろう名門が、何と言うこと」と怒り、将来子供が「青学に行きたい」なんて言い出したら「やめろ、そんな学校」と言っているかもしれない(あくまで「知れない」・笑)。

しかし、今はネットがこういう事を教えてくれる。こちらのブログで問題の文章の和訳をお読みいただきたい。そして、原文はこちら

ネットは新しいメディアに育ちつつある。

☆050623追記
かのBlogのコメントまで見ていくと、実に様々な反応があるのが見て取れる。これこそ、Blogの真骨頂だろう。結果から言うと、まず、マスコミの記事だけを聴いて「おいおい」と思った自分に反省。次にこの「和訳」を読んで単純に反省した自分を更に反省しなくてはいけない。

1:この青学の教師はすばらしい
2:全体を読んでなお、「退屈な」という感想はいかがなものか?
3:英文に問題はないとしても設問まで併せて見るとどうか?
4:そもそもこの問題を「入試」という場で提案するのはいいのか?

・・・と、大きくこれらの意見に集約される。ここまで考えて「議論した」と言えるだろう。試しに僕もこの問題を解いてみた。文章と、問題自体は大して難しいものではない。その上で僕の感想。

せっかく言葉ではない表現の重要さを問うているのに、「なぜ筆者が『彼女(元ひめゆり部隊のガイド)』の話を好きになれなかったか?」という設問は確かにぞんざいな気がした。問題は4択で、間違った3つの答えと正しい1つの答えが示されている。正しい答えは「彼女の話し方が好きでなかった」・・・ですよ!それで済ませちゃうの?なぜ「彼女の話し方が、上手くなりすぎて現実感がなくなっていた」位の設問に出来なかったのかな?

確かに、文章そのものは素晴らしい内容を提案している。しかし、総合すると、僕の答えは4という事になるだろう。こういう問題は実際に「青学高等部」に入学して、長崎の修学旅行で原爆体験を聴いてからじっくりするべきで、用意された設問の選択肢を答えていく課程からは、決して深い考察は生まれない。つまり、「言葉ではない表現がある」という結論を導くモチーフとしては疑問の残る題材だと言う事でまとめたい。

☆050626再追記
・・・ふと考えた。この問題が何を目的にしたのかによって結論は大きく変わるのではないか?

例えば、前の追記で書いたように「言葉でない表現」を提案したものならもっと別のモチーフを出すべきだったし、戦争の事実をいかに後世に伝えるべきかと考えさせるのだったら、それは歴史の問題だろう。

いずれにしても、この日記ではこの件については打ち止め。

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